会場のKAAT神奈川芸術劇場ホールはNHK横浜放送局と同じ建物。5階〜7階がホールになっていて、関西で言うとNHK大阪放送局の上にNHK大阪ホールがあるのと同じ構造。このホールではJ-POP系のコンサートはほとんどなく、基本ミュージカルなどの演劇がメインになっているようです。なおすぐ近くに神奈川県民ホールがありまして、普段のミュージシャン・歌手のライブはそちらが主流。渋谷のNHKホールと代々木第一体育館、福岡のサンパレスとマリンメッセなど大きな会場が近隣に存在していると例は案外あるものですが横浜もその一つのようです。
前日に武道館、あるいは先月Perfumeのワンマンに足を運んだせいもあるのか、久しく感じることのなかった会場の落ち着いた雰囲気。「上を向いて歩こう」「黒い花びら」「こんにちは赤ちゃん」などの八大さんの名曲が早速SEとして流れています。懐かしくも良い空間が既に開演前から出来上がっているように感じました。そしてアナウンス後に大友良英スペシャルバンドのメンバーが登場。進行は大友良英。オープニングで流れたジャズテイストの楽曲は「メモリーズ・オブ・リリアン」でこれも八大氏の楽曲とのこと。映像には若かりし頃の彼の写真がスライドショーで流れる中で話は進行していきます。
最初に演奏されるのはお馴染み「上を向いて歩こう」。演奏前に”ノイズが入った””かなり大胆な感じで””ビックリして帰らないでくださいね”と話していましたが、実際ものすごいアレンジに仕上がっていました。あまりにアレンジが過ぎて主旋律が目立たなくなるくらいの、リミックスでもここまでやらないだろうという内容で正直ビックリしました。逆に言うとこれだけ大胆なアレンジしても「上を向いて歩こう」で成立する、それくらいのエバーグリーンさとバンドのオリジナル性がとてもうまく調和しているライブならではの演奏という感想も持ちました。この無茶な?演奏アレンジっぷりは今回の喋りの中で何度も話のネタにしていたことをまずは特筆しておきます。
幕が開いて奥のステージでライトが照らされて登場する二階堂和美。「夢であいましょう」を歌います。伸びやかに聴かせる歌声がやはり素晴らしかったですね。むろんこの曲は1961年から1966年までNHKが放送された番組のテーマソングですが、八大氏はこの番組の作曲担当だったわけです。毎月作詞家の永六輔とともに新たな曲を書き上げたというエピソード、更には生放送ということで後ろでワチャワチャしている間に”しばらくお待ちください”という札が画面に掲げられていたなど興味深い話が歌終わりに多数。大友さんはリアルタイムではなく父親が見ていた世代。ちなみにこの日の観客でリアルタイム視聴者はおよそ4割ほどでした。シニア層と20代以下のチケットが安く設定されていたこともあってか、意外と企画内容の割に若い方が多かったというのがこの日の客層という印象でしたが。この番組から生まれた楽曲は今回歌われない曲だと「おさななじみ」「こんにちは赤ちゃん」「ウエディングドレス」他にも多数あります。次に歌われるのもこの番組に関連している楽曲「あの娘の名前はなんてんかな」。坂本九が発表したレコード「上を向いて歩こう」のB面曲。楽曲は「上を向いて歩こう」以前の、「ステキなタイミング」「九ちゃんのズンタタッタ」の流れを汲んだコミカルな内容。途中で”テツコさま””スミコさま”といった『夢であいましょう』出演者の名前を呼びかける歌詞があるのですが、二階堂さんは歌が終わった後の話によるとそこで名前を間違えて呼んでしまったようです。確かに歌詞を見る限り、名前を憶えるのにはかなり難儀しそうな感じではありますが。
『夢であいましょう』の写真がバックで流れます。映し出されたスクリーンには仁王立ちしている凛々しい男性の写真が。一体誰なんだろうという話になりましたが、それは若き日の丸山明宏(現・美輪明宏)。そんな彼にも八大氏の楽曲が提供されているようで、二階堂さんが歌います。「誰も〜あいつのためのスキャットによる音頭〜」。1963年12月の『今月の歌』としてテレビで歌われたようですが、どう考えても当時の音楽の中で言うとモダンさが際立っています。二階堂さんが歌うその姿は声も合わせると、メジャーデビュー当時の元ちとせみたいな印象でした。「ワダツミの木」「君ヲ想フ」辺りの。そう言えば振り返ってみると、この年の第14回NHK紅白歌合戦では「奄美恋しや」「永良部百合の花」「島育ち」など南西諸島をテーマにした楽曲が歌われ、またブームになったという紹介がありました。もしかするとこの曲もその流れに乗った楽曲かもしれないと今あらためて感じるところではあるのですが(まあ当時の洋楽ヒット曲をそのまま拝借したような曲との紹介はありましたが)。でもその一連の楽曲より元ちとせの方がしっくり来る辺りやっぱり時代を先取った音楽を積極的に書いていた偉大な方だったんだなという印象が聴いていてもより強くなります。
さて続いて登場したのはリトグリことLittle Glee Monster。赤と白を基調としたカジュアルな出で立ちは今どきの女子高生という感がありましたが、登場するや否やいきなりビートルズの「イエスタデイ」のアレンジをアカペラで披露。パフォーマンスの高さは確かにここ最近噂になっていましたが、のっけからそれが実証された形。見事なものでした。ちなみにこのイベントでなぜ「イエスタデイ」を選曲したのかというと、佐藤剛氏曰く1966年のビートルズの武道館ライブに八大氏は大きく感銘を受け、それを境に作風が変わったからのようです。平易なコード進行を用いるようになったのだとか。確かにこの「イエスタデイ」という楽曲、中学生の音楽の授業で初めてギターを習う練習曲として使った記憶があります。続いて演奏されたのは「君が好き」。勿論Mr.Childrenの曲ではなく、坂本九が歌う夢であいましょうソング。明快で爽やかなメロディー、ハモリもバッチリ決まっていました。
「君が好き」は1964年の楽曲でしたが続いて歌うのは「涙をこえて」。ステージ101で使われた楽曲なので作られたのは1970年前後。これもまた個人的に言うと大学時代に合唱団で歌った曲。私ではないのですが合唱団でこの曲を選曲した際、合唱コンクールで歌った曲という話をしていた記憶があります。実際この曲、ステージ101をリアルタイムで見ていた人は当然知っていますが合唱コンクールで使われることで意外とある年代以下・現在の中高生にとってはお馴染みの楽曲だそう。ある年代とはおそらくアラサー前後を指すのではないかと思うのですが。というわけでその中間世代のアラフォー〜アラフィフ辺りが意外と知らない楽曲だそうです。大友さんのバンドメンバーが案外知らないのに対して、リトグリのメンバーが知っていたというのがその象徴と言えるでしょう。なおこの曲の演奏中大友さんはお世話になっている方に招待状出すのを忘れたんじゃないかということを思い出して気が気ではなかったというトークでした。ちなみにその方は実際招待状でちゃんと足を運んでいたようでしたが。そしてこの公演は八大氏の親族・縁戚の方も招待しているそうですが、それを忘れているんじゃないかという大友さんの喋りもチラホラ。放っておくと何時間でも喋りそうな勢いでしたが、話の面白さは今回の公演で確実に印象に残る場面の一つでした。
もう1曲リトグリが歌うのは「遠くへ行きたい」。これもまた夢であいましょうから生まれた名曲。先ほどの2曲は大友さんのバンド演奏でしたがこの曲はなんと完全アカペラ。1曲単位で考えるこの公演のベストアクトは間違いなくこれだったように思います。6人が6人とも上手いという上に声の芯がしっかりしていて、特に低音域〜中音域における説得力に大変な凄まじさを感じました。高音で凄さを感じさせる女性歌手は他にも多々いますが、低音〜中音で凄いと思わせる女性歌手はあまりいません。美空ひばり、中森明菜、水樹奈々くらいでしょうか。特に「遠くへ行きたい」は原曲が低音で聴かせるナンバーなので、男声合唱ならありなんですが女声で歌うのは滅多にないのではないでしょうか。メンバーと名前が完全に一致していないので特定は出来ないですが、特に素晴らしいと思った2人は声量も半端なかったです。彼女たちを見るためにこのイベントに来たという部分も確かにありますが、このステージに関してはこれを見るだけでも元を取れたと感じさせるものがあったように思いました。素晴らしかったです。そもそもヒットシーンにおける男声コーラスグループはダーク・ダックスからゴスペラーズに至るまで割と存在しますがこういった女声コーラスグループは過去にほとんどいません。紐解いても50年くらい前から活動している3人組のスリー・グレイセス程度でしょうか。オリジナル曲でもう少しヒットが出ればおそらく凄い勢いでステップアップするものと思われます。普通に3年後くらいまでに紅白歌合戦出場までいきそうな予感もしますね。
そして福原美穂の登場。レゲエ風のイントロ、何を歌うのか当ててみてくださいとの前フリでしたが、曲はなんと「帰ろかな」。これまた原曲とは全く異なるアレンジでした。ちょっと高音の出が良くなかったのは原曲の難しさ(相当声量がないと大変なんですよね)と、歌っている本人が妊娠6ヶ月なこともあったのでしょうか。「上を向いて歩こう」はものすごくカバーされる機会が多いですが、よく考えるとサブちゃん以外の「帰ろかな」を見たのは記憶にありません。事実歌い終わった後に、演歌の人しかカバーしていなくて検索が大変だったという話でした。また八大氏は1965年の一時期にニューヨークに行っていた時期があるようで、実はこの曲日本ではなく海外そのニューヨークで作られた楽曲なんだそうです。日本から帰ってきて作られたのがこの曲、おそらく提供先が北島三郎ということもあったとは思うのですがビックリした人も多かったんじゃないかという話もありました。
次に歌われたのは江利チエミの「私だけのあなた」、これも難曲。個人的には第17回・1966年の紅白における大熱唱がイメージとしてありますがステージでもその通りの熱唱。かなり緊張していたとのことですが見事に歌い切りました。こうあらためてステージでの演奏を聴くとシャンソンっぽくも聴こえました。八大氏とシャンソンに縁があるのかどうかは分かりませんが、当時の音楽の流行をセンス良く取り入れる腕があったと述懐する大友さんのトーク。特に江利チエミは民謡から外国ポップスまで全てのジャンルを歌う大物、彼女をイメージしてこれだけスケールの大きい曲に仕上げたのかもしれないですね。ちなみにこの曲で第1回ブラジル国際歌謡祭の最優秀歌唱賞・最優秀歌手賞および最優秀編曲賞を授賞しているのだそうです。もう1曲は英詞にアレンジされた「Look at The Sky〜上を向いて歩こう〜」。これは福原さんの得意なジャンルをそのままステージで表現したという印象でした。もちろん冒頭のアレンジしまくりの「上を向いて歩こう」の演奏は曲紹介の際に前フリとして流用されています。
再び二階堂さんが登場して「黄昏のビギン」。水原弘の「黒い落葉」B面曲として埋もれていた楽曲を1991年にちあきなおみがカバーして世に出たという歴史を持つ名曲。ここ数年でさらに再評価が高まっている楽曲でもありますね。聴き惚れるにはまさにピッタリのステージでした。永六輔の作詞クレジットですが実は永氏が1番を書いた歌詞に八大氏が彼の書いた歌詞を2番に散りばめて…というエピソードがある楽曲でもあるそうです。だから八大氏本人はこの曲が一番お気に入りだったのだとか。そして実はこんな曲も作っているんですよという前フリで「笑点のテーマ」。インストなので二階堂さんはパフパフ音での参加でした。このパフパフ音もなかなか難しいようで、完璧に表現できたのはおよそ半分の割合。また音合わせも実は前日しか出来なかったという環境もあってか、ちょっとトロンボーンが上手くいってなかった印象もありました。会場のほとんどが、この曲を八大氏が作ったということを知らなかったようです。
福原さん、リトグリのメンバーも再び登場、全員が集合して歌うは「明日があるさ」。坂本九の名曲ですが私の世代だとやっぱりジョージアのCM・ウルフルズやRe:Japanのイメージでしょうか。そういう意味ではこの曲もリアルタイム以上に新たに発掘された楽曲と言えそうです。ナチュラルにハモリを入れるリトグリ、そして今回出演する歌手の中で一番年上ですが明らかに一番はしゃいでいるように見えた二階堂さんが印象的でした。
ラストはネパールで悟りを開いているかのような八大氏の写真が映し出されます。演奏されたのは帰国後に本人が作詞して歌も歌ったという「太陽と土と水と」。1971年発表曲。”ヒットとか全く考えていない、売れるわけがない””でも八大さんの中では一番素晴らしい曲”という大友さんの前フリのもと演奏されたその楽曲は大変にメッセージ性が強くどこかスピリチュアル。”でぃーでぃーだーだー”というセリフ?の部分は大友さんが担当。コードやメロディーの雰囲気は同時期の「涙をこえて」に近いですが歌詞は何と言いますか、仙人に近い心境でもあるような。ステージでは大団円感もある内容でしたが、あらためて原曲(Youtubeにありました)を聴いてみると、確かに更に強烈。旅を通じて目にした光景を歌として表れた形がこの曲なのかなという感もあります。実際発表された楽曲の顔ぶれを見るとステージ101が放送された1970年代前半以降、ヒット曲の路線からは完全に離れているようです。「白いボールのファンタジー」やJNNニュースのテーマBGM(この曲については大友さんが言及していましたが観客の反応がほとんどありませんでした。1975年〜1984年に使用されていたそうです)、いくつかの学校の校歌を作曲した実績はありますが。ちなみに「夢であいましょう」でコンビを組んだ永六輔氏も作詞は1960年代後半を最後にしていないようですね。理由はまた違うようですが。
アンコール。大友さん曰く”アンコールのことを考えてなかった”とのことで完全にぶっつけ本番。ちなみに「夢であいましょう」は永氏と八大氏のやり取りに他の出演者が横から意見を入れたりして、そんな感じで楽曲と番組を作り上げたという話をしていましたがこのコンサートについてもそれに近い面があったのだそう。作曲家と歌手との関係は今よりも確実に深いものがあったと述懐していましたが。確かに今はシンガーソングライター全盛ですし、そうでない場合も作曲家に与えられた曲を歌手(特にアイドル)が意見もなくただただ歌うという場面は想像する以上に多いのかもしれません。おおらかな時代です。もしかすると今の時代に求められているのが実はそういったおおらかさなのかもしれないですね。というわけでイントロ等の小節数などを軽く打ち合わせた後、最後に歌われるのは「上を向いて歩こう」。口笛は会場の観客含めて、みんなで吹ける人で吹こうという構成でした。こういう自由さが『夢であいましょう』の面白さだったのかもしれない…と思いながら自分も口ずさむ、そんなフィナーレでした。
実に面白くてタメになる公演でした。大友さんは最後に”来年もやりましょう!”と宣言していましたが、確かにステージの出演者が一番楽しんでいて、観客にもそれが伝わるような内容だったと感じました。人選も絶妙という印象で、そして今回の公演で歌われていない楽曲もまだまだあります。自分が行けるかどうかは別として、来年も是非開催してほしいですね。そして中村八大氏だけでなく、偉大かつもっと語り継がれるべき作曲家や作詞家は他にも日本に多数います。そういったイベントの先駆け的存在としても意義のある公演なのかもしれないとも感じました。
今回は(おそらく)若い人にも足を運んで欲しいという意図のもと20代以下のチケットが安く販売されていました。確かに若い人にとっては、もしかすると今のJ-POPよりこういった音楽の方が逆に新鮮かもしれません。でもしっかり今にも繋がっていますね。リトグリが出ることで、彼女たちのファンと思わしき方もチラホラ見られました。そういった人たちに先人の偉業を伝えることが出来るとしたら、これ以上に素晴らしいことはないのかもしれません。来年もし開催されることがあったら、特に若い人には是非足を運んで欲しいとあらためて願います。

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